自分でやる意味

先日、麻布台ヒルズで開かれている「ルックバック展」を観に行ってきました。
原作も読み、映画も観ていました。

子どもが楽しみにしていたので一緒に行こうと誘ったのですが、最初は友達と行くと言われていました。
でも結局、「値段が高いから行かなくなった」ということで、私がお金を出して一緒に行ってきました(子どもが大きくなるにつれこういうことが多くなってきました・・・)

値段は大人2,500円、子どもが1,700円と、初めはかなり高額に感じましたが(子どものおこづかいでは高いでしょうね)、麻布台ヒルズも気になっていたし、行ってきました。
なお、前日までに前売り券を購入しておけば、それぞれ200円引きになるようです。

目次

AIでなんでもできる時代?

思っていた以上に展示の内容が濃く、このAI全盛の時代に、人が描く意味を問いかけるものでもあり、感じるものがありました。

私は絵を描くことはできませんが、AIにお願いすれば簡単にできる時代です。
今書いているブログも、AIに頼めばそれっぽいものが簡単にできます。
あくまで、それっぽいものですが。

それを踏まえて、「それを自分がやる意味」を考える良い機会にもなりました。

使いつつも依存しない

9月から毎日書いてきたこのブログですが、ブログを書くときに私もAIを使っています。
使い道としては、文章の誤字脱字や整合性のチェックです。

うそもつくし、勝手に直したりとイラっとすることもありますが、自分で書いていると気づかない誤字脱字がどうしてもあるので、Wordの校閲機能とダブルチェックしています。
これ自体、とても助かっているのは事実です。

個人のブログですから、自分の思ったことを書けばいいとも思いますが、そうはいっても人に見てもらうときに、誤字脱字や間違いがあるのはよくありませんし、無いに越したことはありません。

ただ、内容も含めて全部書いてもらおうと思うと、なんとも言えない文章になります。
到底自分では使わないような表現も入ってきますし、何より、それではこのブログを書いている意味がありません。

ですから、なるべく自分の体験や、思ったこと、感じたことなども含めて書くようにしています。

この先は

AIはどんどん進化していくでしょうから、もしかしたら、自分でやることはもっともっと少なくなっていくのかもしれません。

今後どうなるのかはわかりませんが、AIを一切使わないというのは無理だろうと思っています。
「AIでできることはAIにやってもらって、自分にしかできないことに注力する」というのは理想のように聞こえますが、少なくとも、AIとうまく付き合っていく必要はあるのだろうと思っています。

【編集後記】
一日、支部の無料相談会に参加でした。

【1日1新】
東京アプリ

目次